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コラム フォーク

 

うたごえ運動

 

日本のフォークソングにおいて、部分的源流として「うたごえ運動」があります。音楽をとおしての社会運動として行われたもので、レパートリーは合唱曲や、ワークソング、ロシア民謡をはじめ失われつつある民謡などを掘り起こす側面も、持ち合わせていました。運動の発端は民青といわれる日本共産党の青年組織の音楽部門で、中央合唱団が結成されたことによります。指導者の関鑑子は、プロレタリア芸術運動に参加した声楽家で、1951年に音楽センターの主宰となります。

 

この時期、渡辺裕「歌う国民」(中公新書)によると「全国各地で企業の労働組合を母体として合唱団が数多く作られ、合唱祭を開催するなどの様々な活動を展開」とあります。楽曲の創作も運動の主目的の一つで、代表的な作家に荒木栄がいます。荒木は三池争議に参加し、労働者を励ます楽曲を作り続け「がんばろう」、「沖縄を返せ」などの代表作を残しました。合唱曲という性格上、通常の流行歌より音域は狭く、叙述的で具体的な歌詞が多い、これらの楽曲は1955年〜1956年の「カチューシャ」「灯」の開店を契機に全国的に流行した歌声喫茶などで歌われ、人々の間に広まってゆきました。


政治的な主張を楽曲に乗せて皆で歌うというスタイルは反戦フォークの部分的源流と言えますが、歌い手に内在する主義主張の音楽的表現と、労働運動と一体化した文化運動では姿勢として相いれない部分もあります。うたごえ運動ではポピュラー音楽はアメリカ帝国主義の文化侵略、歌謡曲は大衆迎合という解釈が当然のことととして語られていました。

 

1965年には同じ左派の日本社会党や国労などがうたごえ運動から離脱するなど、1970年代に急速に退潮してゆきました。うたごえ運動に関わったアーティストには、すずききよしや女性合唱団のヴォ―チェアンジェリカ出身で、麦笛の会を主催していた横井久美子がいます。上条恒彦はうたごえ喫茶の歌手から、労音勤務を経て歌手デビュー。さとう宗幸も1970年代前半に歌声喫茶「若人」のリーダーでした。また日共支持者として知られた、いずみたくの作品は「われた青春」「太陽がくれた季節」などがレパートリーとして取り上げられました。

 

 

 


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