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コラム フォーク

 

岡林信康

 

岡林信康は1946年に牧師の息子として生まれました。ウイリアム・メレル・ヴォーリズの建てたミッションスクールに通います。進学した同志社大学では神学部を選びました。幼いころから讃美歌を歌うと同時に、江州音頭や三橋美智也を聴いて育ちます。そして高石友也の歌と出会い、フォークソングへと導かれてゆきます。

 

まずは「くそくらえ節」や「がいこつの歌」で着目されてゆきます。その初期の曲を聴くと、歌という武器で体制や権威を笑い飛ばしてしまおうという意図が見受けられます。これもプロテストであり反骨であったと思われます。しかし、危険さをはらんだ歌であり、放送禁止になったのは当然。もともとがメディアなどで流れるようなものでなく、俗曲のようなものでした。

 

1968年にビクターレコードから「山谷ブルース」でデビューします。この歌にしろ「流れ者」にしろ、山谷の飯場で肉体労働をした自身の生活から自然に生まれた歌でありました。「くそくらえ節」のような不埒さ、「手紙」や「チューリップのアップリケ」が持っている真摯なメッセージ、この相反する2つの世界観を有していたのが初期の岡林信康です。

 

URCレコードから発表された「わたしを断罪せよ」(1969年)、「見るまえに跳べ」(1970年)、「俺らいちぬけた」(1971年)、

の3枚のアルバムと、中津川で行われた全日本フォークジャンボリーの伝説により、岡林には「フォークの神様」という称号がつけられました。フォークと言う時代が英雄を求め、そこに岡林信康がいました。がフォーク的なアルバムとなると「友よ」や「今日をこえて」が収められた「わたしを断罪せよ」だけです。このアルバムもジャックスの面々をバックにした「それで自由になったのかい」ではロックに接近している。この曲がはっぴいえんどを従えてのセカンドアルバム「見るまえに跳べ」に連なってゆきます。

 

ボブディランのように、岡林もロックに転向したフォークの反逆者と呼ばれてもおかしくはないです。そうならなかったところに彼の悲劇があります。時代の代弁者としての役割を押し付けられ、その葛藤と格闘してゆくことになります。ファーストアルバムではエリックアンダーソンの曲を日本語でカバーしています。その「カムトウ・マイベッドサイド」を歌っています。

時代を代表する我々の歌からラブソングを含んだ個人的な歌への転身も意外と早かったです。

 

それが顕著に出ているのが1971年の「俺らいちぬけた」です。タイトルが指し示すように祭り上げられることを拒絶し、個人への復帰を宣言しています。このアルバムには「申し訳ないが気分がいい」が収められているが、達観のような清々しい歌声が耳に残ります。

 

岡林は都会を捨て、田舎での暮らしをはじめます。その田園的な風情はCBSソニーに移籍して作られた1973年の「金色のライオン」に映しだされています。個人を取り戻した自由な気持ちからか、歌詞のレトリックが豊かになってゆきます。

「あの娘と遠くまで」や「君の胸で」などラブソングを歌うことへの躊躇もなくなっています。続く1975年の「誰ぞこの子に愛の手を」はハックルバックに、ラストシヨウの徳武弘文が絡むリズムセクション。強力なリズムセクションですでにフォークから離れファンクな装いすらありました。

 

1975年に日本コロンビアに移籍して出された「うつし絵」には誰もが驚かされました。前作のタイトルトラック「誰ぞこの子に愛の手を」に、その萌芽のようなものがあった。しかしまさか岡林信康が得んかを歌うとは誰も思ってもみなかったはずだ。1曲目の「月の夜汽車」はギターの巨匠である木村好夫がフューチャーされた純然たる歌謡曲仕様。これも音頭や三橋美智也などを聴いて育った岡林の原点回帰でした。

 

そしてこの「月の夜汽車」を介して美空ひばりとの交流がはじまってゆきます。続く1977年の「ラブソング」は二度目のデビュー作ともいえる重要なアルバムです。言い換えるのなら、この作品によってシンガーソングライター岡林信康が生まれたとも言えます。真正面から歌と向かい合ったアルバムです。

 

1979年からはビクターレコードに移り、テクノやニューウェイブにまで触手を伸ばしてゆきます。これも時代の空気を感じ取る好奇心からでした。この時期のアルバムは過小評価されていると思われます。けれども、ソングライティングの多様性からみても、聞きごたえのある作品が並んでいます。「街はステキなカーニバル」や「ストーム」の軽やかさもまた岡林です。

 

1990年代に入り、岡林信康のエンヤトットがはじまります。エンヤトットとは日本的なリズムを取り入れた岡林流のロックです。これはルーツである江州音頭をモチーフにしています。西洋の借り物ではない音楽、これが彼の到達点でした。

1990年の「ベアナックル・ミュージック」からそれはスタートします。韓国のパーカッショングループ、サムルノリと共演した1991年の「信康」などで次第に形作られてゆきます。

 

2000年以降は自らのレーベルで「歌祭り」シリーズとして音源を発表しています。その、まず手始めの集大成が2010年の「ロックミュージック」です。新旧の曲を織り交ぜながらロックしてゆきますが、それは岡林の音楽に他なりません。フォークの神様からすれば、ずいぶんと遠くまで来たように思えるかもしれません。基本的には何も変わってはいないでしょう。歌を通して自分を表現する、いやそれもまだ試行錯誤の途中かもしれません。それが神様でも凡人でもない、岡林信康です・・・・

 

 

 

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わたしを断罪せよ
URC 1969年
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矢吹申彦によるイラストの神々しさがフォークの神様、岡林信康のイメージを決定づけたかもしれません。「山谷ブルース「友よ」「手紙」といった岡林信康の初期の代表作が収められています。アルバム全体をよく聞けば、サブタイトルの「フォークアルバム第一集」が偽りだとわかるでしょう。1曲目の「今日をこえて」がジャックスのリズムセクションを加えフォークロックで演奏されています。

 

その最たるものが「それで自由になったのかい」です。吹っ切れたような歌いっぷりはロックそのものです。その後岡林はロックへの転向を批判されることになります。彼は最初からロック歌手としてデビューしたのです。その自覚をこめて「わたしを断罪せよ」のタイトルが付けられたのかもしれません。


1. 今日をこえて
2. ランブリング・ボーイ
3. モズが枯木で
4. お父帰れや
5. 山谷ブルース
6. カム・トゥ・マイ・ベッド・サイド
7. 手紙
8. 戦争の親玉
9. それで自由になったのかい
10. 友よ

 

 

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見るまえに跳べ
URC 1970年
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このアルバムは、はっぴいえんどをバックにしたアルバムとなっています。早川義夫の曲が4曲取り上げられていることもあり、ジャックス的な要素の強い作品集でもあります。ウィルヘルム・ライヒの影響を受けた「性と文化の革命」であり、強靭なメッセージを込めた「私たちの望むものは」などが収められています。これらの主張をロックのサウンドとどう融合させるか、この部分については試行錯誤も多く、その葛藤が聴きどころでもあります。


1. 愛する人へ
2. おまわりさんに捧げる唄
3. 性と文化の革命
4. 自由への長い旅
5. 私たちの望むものは
6. NHKに捧げる歌
7. 堕天使ロック
8. ロールオーバー庫之助
9. ラブ・ゼネレーション
10. 無用ノ介
11. 今日をこえて

 

 

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俺らいちぬけた
URC 1971年
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アルバムタイトルからも分りますが、岡林はロックからもフォークからも脱走を図っています。そのヤケッパチのような気分がよく出たアルバムです。これらの気配は「堕ちた鳥のバラード」「ゆきどまりのどっちらけ」「毛のないエテ公」、といった曲名からも察することができます。その後の「うつし絵」などで展開されるのは日本的な歌い方です。すでにこのアルバムの中でも見え隠れしていることに注目しておきたいものです。


1. 堕ちた鳥のバラード
2. 仲のいい二人
3. いくいくお花ちゃん
4. ゆきどまりのどっちらけ
5. 俺らいちぬけた
6. 偉いもんだよ人間は
7. 毛のないエテ公
8. つばめ
9. 人間の条件
10. 申し訳ないが気分がいい

 

 

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金色のライオン
CBSソニー 1973年
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岡林信康は1973年にCBSソニーに移籍します。このソニー時代のアルバムは都会の喧騒とは対極にある田舎がキーワードとなってゆきます。これは煩わしい様々は軋轢から離れ自分自身を取り戻した証でありました。元はっぴいえんどの松本隆プロデュースの本作は、自然なフォークロックアルバムに仕上がっています。曲の中では、当時の学生運動を戯画的に描いた「ホビット」が圧巻です。これはある意味で岡林版の「バルタイ」であり、自身の「友よ」までもがパロディとして登場します。他には「あの娘と遠くまで」や「君の腕で」などは表現がとても優しくなります。素直な言葉で愛を歌い上げるようになってゆきます。このアルバムこそがシンガーソングライターとしての岡林信康のデビュー作であると思われます。

1. あの娘と遠くまで
2. 君の胸で
3. まるで男のように
4. ホビット
5. ユダヤの英雄盗賊バラバ
6. 黒いカモシカ
7. 見捨てられたサラブレッド
8. どうして二人はこうなるの
9. 金色のライオン
10. 26ばんめの秋

 


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うつし絵
コロンビア
1975年
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数ある岡林信康のアルバムの中で最も衝撃的だったのが、この1975年に発表された「うつし絵」です。岡林が歌謡曲を歌うとは誰もが想像すらしませんでした。しかし、これもソニー時代に田舎を思慕したことと共通しています。懐かしい自然の光景や故郷で人々との触合いを歌うにはこのスタイルしかなかったと思われます。そして「月の夜汽車」を介して美空ひばりとの交流が始まっていくことになります。


1. 月の夜汽車
2. かえり道
3. 青い月夜の散歩道
4. 影と二人
5. 夜風のブルース
6. 雨上がりの丘
7. 村日記
8. 橋~ 実録 仁義なき寄合い
9. 春を運ぶな雪の海
10. 春の裾
11. 風の流れに
12. わかれ雨
13. 「うつし絵」へのひとり言


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岡林信康
コロンビア BLOW UP
1976年
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見逃されがちなのが、この日本コロンビアの2枚組です。一見普通のベスト盤のような選曲です。が全て新録音、ダウンタウンブギウギバンドや中川イサトをバックに配してセルフカバーしています。中でも注目はムーンライダーズと組んだ「黒いカモシカ」と「それで自由になったのかい」。この2曲の出来栄えが素晴らしく、ボブディランとザバンドのような良好な関係をここで聴くことが出来ます。


1. 誰ぞこの子に愛の手を
2. 流れ者
3. 自由への長い旅
4. 俺らいちぬけた
5. 26ばんめの秋
6. 家は出たけれど
7. ゆきどまりのどっちらけ
8. 申し訳ない気分がいい
9. みのり
10. 五年ぶり
11. 花火

 

 

 


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