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ホーム home << 弦 string << #0605-c Martinマーキス M-1100 (ライト) 80/20ブロンズ

 

弦 string  

 

#0605-c 【弦】
Martin/マーチン マーキス M-1100 80/20 ブロンズ ( ライト )
800円 個数:    送料160円 ( 4セットまで )

 

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  仕様 : アコースティックギター用
  ゲージ : ライト 
  材質 : 80/20 ブロンズ 

 

 
5セット以上は宅急便 (880円) 扱いとなります

 

 

 

ライト弦。この弦はM140シリーズ同様、タッチ (当たり) が柔らかく、高音がよりきらびやかな感じのトーンとなります。クリアーな音が期待出来ます。エンド部分に赤いシルクが巻いてあり、見た目も音質もワンランク上となっています。M140シリーズよりもさらに音質を向上させたい人は一度お試し下さい。 弦はギターとの相性がありますので、いろいろ試してみましょう。

 

1弦  E  Silvered Steel     .012 inch
2弦  B  Silvered Steel     .016 inch
3弦  G  Bronze Wound    .025 inch
4弦  D  Bronze Wound    .032 inch
5弦  A  Bronze Wound    .042 inch
6弦  E  Bronze Wound    .054 inch 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 参考 ピン穴が緩くても抜けにくい弦のセット方法

 

 

通常は袋から出した弦を、そのままブリッジの穴に通します。 断面図で表すとこの様な感じになります。 この状態でそのままブリッジピンを差込みます。

 

 

   ↓

 

 

弦にテンションが掛かると、「ボールエンド」がブリッジピンの先端に引っかかり、そのまま上へと押し上げる力が起こります。 ある程度まではピンと穴の摩擦の力で耐えていますが、弦を張っていくとそのうちピンが浮き上がってきます。

 

 

 

今度は弦を画像のように曲げてからブリッジ穴に通します。「 ボールエンド」がブリッジピンの先端に引っ掛からないように、うまくよけることが出来ます。 又、ピンを差し込むと同時に、手で弦を引っ張り上げると、ピンとブリッジ裏面に「ボールエンド」が 固定されます。これでピンが緩んでくる事を防げます。

 

 

 

         

 

 

このように弦を張ると、「ボールエンド」はブリッジピンの先端には引っ掛からず、ピンの側面とブリッジの裏側に当たる部分にピッタリと固定されます。 そうすれば、弦を強く張ってもピンへかかる力が真上方向ではないため、ピンを穴に押し付ける力が働きます。摩擦力が高まるため、弦を張るほど抜けにくくなり、多少ブリッジ穴が緩くてもピンと弦がしっかり固定されます。基本的にはピンは差し込まれた力で止まっているのではなく、弦に引っ張られる事で摩擦が生まれて止まっています。 穴に対してピッタリかやや緩めのブリッジピンがベストです。ピンが太くて入らない場合は、ピンを少し削るかブリッジ穴を広げます。

 

 

 アコースティックギター弦について

弦には1弦〜2弦に使われる「プレーン弦(芯線)」と3弦〜6弦に使われる「ワウンド弦(巻弦)」があります。この「巻弦」のうち、アコースティックギターに好んで使われるのは「ラウンド・ワウンド」という、断面の丸い弦をプレーン弦に巻いたものです。これは金属的な伸びのある音が得られます。一方、「フラット・ワウンド」と呼ばれる、平らな帯状の線を巻き付けた弦は、音の伸びは若干落ちますが、太い音が出ますので、アーチトップギターなどジャズ系のギターに好まれているようです。弦の素材としては、「ニッケル」「ブロンズ」そしてブロンズにリンを加えた「フォスファー・ブロンズ」などがあります。音質は紹介した順に、音のキラメキが増してゆきます。

 

 

 弦の材質について

現在、ワウンド弦(巻弦)に使用されている代表的な材質としては、「ブロンズ」「フォスファーブロンズ」「ステンレス」「ニッケル」「モネル」などがあります。それぞれの特徴を以下に説明します。

 

ブロンズ
ブロンズは「銅」と「スズ」の合金で作られており、現在アコースティック弦の中では一番ポピュラーな弦として広く使用されています。深みのある低音域から伸びのある高音域までバランスの取れた音色です。弦のパッケージに表示されている、「80/20」 という数字は、銅80% スズ20%の合金の比率を表しています。一部のメーカーには「85/15」という比率の弦もあります。一般的にはスズの比率が高い弦ほどブライトなサウンドとなります。

 

フォスファーブロンズ
ブロンズに少量の「リン」を加えたフォスファーブロンズは本来、弦の寿命を長くするために加えられた「リン」の成分により高音域の倍音が増して、全体的によりブライトな音色が特徴です。弦の寿命が長く、ブロンズ弦の金色に比較して、こちらの弦は赤みがかった金色となります。(「フォスファー」とは「リン」のことです)

 

ステンレス
ステンレス弦は「鋼鉄」と「クローム」の合金で出来ています。ステンレスは磁力に反応する素材ですので、主にエレキギターに使われています。堅い素材のため耐久性があります。音色は比較的堅めです。

 

ニッケル
ステンレスと同様に、主にエレキ弦に使用されますが、素材が柔らかく、加工し易く、錆びにも強いため、エレキ弦には良く使用されています。

 

モネル
ギブソン社が使用するこの「モネル材」は「ニッケル」「銅」「鉄」「マンガン」の耐酸合金のため、錆びに強く寿命が長い特徴があります。音色も柔らかくウッディな感じが特徴です。

 

シルク&スティール
このシルク&スティール弦は、「巻弦の芯線」と「巻弦」の間にシルクを巻き付けた弦で、巻線にはシルバーコーティングした銅線が使用されています。弦自体も柔らかく、音色もソフトな感じです。別名「コンパウンド」とも呼ばれています。

 

 

 アコースティックギター弦のゲージ ( 弦の太さ )

アコースティック弦は「セット弦」として、さまざまなゲージ(弦の太さ)をセットとして販売されています。どのゲージを選ぶかは、演奏者の好みや演奏ジャンル、使用する楽器などにより決めるのが良いでしょう。ここでは代表的なゲージについて取り上げておきます。単位はインチで、1弦から順に6弦まで表示します。尚、1インチ = 約2.54cm、 w = ワウンド弦 を指します。

 

エキストラライト ・ゲージ
.010 .014 .023w .030w .039w .047w
ミニギター、スモールギター、パーラーギター、など小ぶりなギターと相性か良く、マーチンで言うなら O-18 、OO-18 とベストマッチングします。チョーキングを多用するギタリストが多く使用し、エレアコとも相性が良い。音程が不安定になるということで敬遠するミュージシャンもいますが、慣れればアコースティックギターの鈴鳴りが実現可能です。秘めた可能性を持つゲージと言えます。テンションが低めなのでギターに負担が掛かりません。

 

ライト ・ ゲージ
.012 .016 .024w .032w .042w .053w
ジャンル、演奏スタイルなどを問わず、最もポピュラーなゲージです。まずはこのライトゲージを標準として、好みで変更されると良いでしょう。

 

ミディアム ・ゲージ
.013 .017 .026w .035w .045w .056w
ブルーグラス界では最もポピュラーな弦です。ドレッドノートでのクロスピッキングや力強いコードストロークなどに向いています。

 

ヘビー ・ ゲージ
.014 .018 .028w .038w .048w .060w
最近ではあまり使用する人も少なくなりましたが、以前はブルーグラス系のギタリストが愛用していました。かなりのテンションのため楽器にも負担が掛かります。

 

ブルーグラス ・ ゲージ
.012 .016 .025w .035w .045w .056w
比較的最近登場したゲージです。ミディアムとライトをミックスしたようなセットで、高音域のプレイアビリティを考えてセットされました。

 

 

 参考 マーチンの歴史 

マーチンギターのヘッドにある“C.F.Martin&Co.,Est.1833”の文字。これは、1933年にChristian Federick Martin(C.F.) がドイツからアメリカに渡り、ギターに関するビジネスを始めたことを表しています。アメリカは多くの移民にとって自由の象徴だったのですが、C.F.にとっては、ヴァイオリンメーカーから邪魔されずにギターを自由に作れる地でもあったのです。

 

 

Christian Frederick Martin,Sr. C.F.は1796年1月31日に生まれ、父親のJohann Georg Martinはマルクノイキルヒェンのギター開発主任でした。この頃のドイツではギルド(職人組合)が大きな力を持っており、どのギルドに所属するかで仕事の内容が制限されていたのですが、父親は家具のギルドに所属しており、家具職人としてギターケースを主に作っていたようです。息子のC.F.はギター作りに興味を持っていたのですが、その町のヴァイオリン職人はギターを低俗なものとみなしていたため、オーストリアのウィーンにあるシュタウファーというギターメーカーで仕事を始めます。C.F.はシュタウファーでは店長をやっていましたが、C.F.自身は、ギターを作ることよりも、ビジネスとしての経営に興味があったようで、1825年に退職します。1826年にはマイクノイキルヒェンに帰るのですが、ウィーンで結婚し、1825年10月にC.F.Martin,Jr.が誕生します。マイクノイキルヒェンに帰ってからは、ヴァイオリン職人組合との間で、ギター作りに関して裁判で争うことになるのですが、結果的には、ギターを作ろうとしていた家具職人をアメリカという海外に追いやることになってしまいます。1833年10月、C.F.は友人のHeinrich Schatzと一緒にアメリカのニューヨークに渡り、年末には196 Hudson St.にミュージックストアを開きます。そして、Christian edrichという名前はFredrich (Frederich)に、HeinrichはHenryというアメリカ風の名前に改名します。Martinの店ではギターなどの弦楽器以外に管楽器やピアノも扱っており、楽器を輸入して小売店に卸すことも行っていました。

 

マーチンの歴史〜 ナザレス

現在でもマーチンの工場があるペンシルベニア州は、ドイツからの移民が多く住んでおり、建物の作りも言葉も、まるでドイツにいるかのような雰囲気が漂う地域だったようです。ドイツから一緒に来たHenry Schatzは、1835年に、そのペンシルベニア州のミルグローブに引越すのですが、マーチンも、1838年にニューヨークの店の在庫品を売り払い、1839年5月29日には、ペンシルベニア州のナザレスに移ります。その後は、活動拠点はナザレスになるのですが、当時、ナザレスの不動産はキリスト教モラビス派の所有であり、モラビス派でなかったマーチンは、仕方なく町の郊外にあるチェリーヒルに居を構えます。こうして、ニューヨークからは離れてしまったものの、John Coupa、Charles Bruno、C.A. Zoebisch and Sonsなど、ニューヨークでマーチンが作ったギターを売ってくれるネットワークを再構築することで、ギター作りに専念できる環境が整い、事業も軌道に乗り始めます。1850年頃には工場を拡張するほどの好調さを見せるのですが、C.F.Martinは単にギターを作って売ること以上に、それまでのギターのデザインを大きく変えることに情熱を燃やし、ニューヨークにいた頃とは全く違ったギターを作り上げます。

 

 

マーチンの初期のギターは、かつて働いていたシュタウファーの影響で、現在よりも小さく、ボディのくびれの部分が太い上に、上の膨らみも下の膨らみも同じような幅をしていました。使っている材料も、指板全体に象牙を使ったり、派手な“バーズアイ(鳥の目)”メイプルを使ったりして、ルネッサンス時代を思わせるようなデザインが見られました。当時のアメリカでは、移民は生活に追われており、ヨーロッパスタイルの派手な楽器の市場は限られていました。その上、バンジョーが流行し、19世紀末までギターは日陰の存在となります。そこで、マーチンもシンプルなアメリカの生活に合わせて、実用的で、価格もバンジョーに対抗できるギター作りをめざします。高価なシュタウファースタイルのヘッドやペグを四角のスロテッドヘッドに変え、ボディのくびれから下の膨らみを幅広くして音の深みを出すとともに、よりなめらかで上品な形にします。バックとサイドの材料にはブラジリアンローズウッドを採用し、派手な装飾はせず、、トップの縁とサウンドホール周囲、バック中央の継ぎ目だけに飾りを施すという、現在のマーチンギターと似たデザインに変更します。この装飾は、斜めにカットした“ハーフ・ヘリンボーン”という形の、色の付いた木片を組み合わせて作られました。また、シュタウファースタイルの装飾がついていたブリッジも、両端にピラミッド型の装飾が付いただけの、四角の単純な形に変ります。

 

マーチンの歴史〜X-ブレイシングとサイズの標準化

「わずかな装飾で威厳と上品さを表現するマーチンギターのデザインは、趣味の良さを物語っています」これは、1920年のカタログにある表現ですが、その考え方は1850年代から変っておらず、シンプルでモデルごとに統一されたデザインは、現代人の目から見ても、今のギターの原型とも言うべき、洗練された形状を持っていました。1850年には、“Xパターンのブレイシング”という、C.F.Martinという名前がギター史上に永遠に刻まれることになる、革新的な開発を成し遂げます。それまでのブレイシングは、ファンブレイシングか、単純に平行に並べただけの形状が一般的なものでした。もちろん、C.F.Martin以外にも、より良いブレイシングのパターンを考えていた者はいた(現存している1850年頃のギターにも、マーチン以外でX形状のブレイシングを持つギターは複数あります)のですが、その形を完成させたのがC.F.Martinなのです。しかし、C.F.Martinが生きている間にギターがアメリカで流行するということはありませんでした。渡米してきた頃、黒人に扮した芸人によってバンジョーが流行し始めてており、1840年代には、吟遊詩人のショーでバンジョーがブームとなり、19世紀末になるとマンドリンが加わってきます。もっとも、ギターを弾く人がいなかったわけではなく、マーチンのような小さなメーカーを支える程度のギタープレイヤーはいたようです。また、19世紀前半にはアメリカに大きな楽器メーカーは存在せず、ヨーロッパで作られた楽器を売る店があっただけという状況でした。

 

 

C.F.Martinのギターデザイナーあるいはビルダーとしての能力は、間違いなく高いものがありました。初期のギターは技術と芸術性の高さを示していますし、後期の飾りの少ないデザインは実用的能力と堅実な職人気質を見せています。しかし、マーチンの成功の鍵は、職人気質とは反対とも言える、優れたビジネスマンとしての側面でした。1850年に工場を拡張した後、1852年には、製造だけでなく販売やマーケティングもより合理化するために、ボディサイズの標準化を行います。最も大きなサイズを「1」とし、最も小さなサイズを「3」として、その間に「2 1/2」と「2」のサイズを設定します。1854年になると、最大の「0」と最小「5」のサイズが加えられます。当然、その時から「4」のサイズがあっても良さそうなのですが、4サイズのギターは1857年まで記録にありません。これらの小さなサイズのギターは、今から見るといかにも小さいのですが、当時の基準からしても、小さなギターでした。それらのギターは“ters guitars”と呼ばれており、ラテン語のtertius(英語のthirdの語源)からつけられたのですが、通常は一般のギターよりも3度上げでチューニングされていました。スタイルを表す数字が初めて登場するのも同時期になります。スタイル17が1856年、スタイル18と27が1857年に登場します。これらのスタイルの標準化によって、全てのマーチンギターは、0-18のように、サイズとスタイルを表す2種類の数字を“−”でつないで表記するようになります。この簡潔な表記方法によって、モデルの種類が増えても混乱することなく、最小限の説明ですむようになりました。ただ、1800年代のスタイルの仕様書が残されておらず、当時のギターを実際に見て検証するしかないのですが、その頃は、ラベルがギターではなくケースに貼られていたため、検証が難しいのが実情です。

スタイル17のギターは、オールマホガニーのギターとして知られていますが、1800年代にはバックとサイドはローズウッドで、トップはスプルースで作られていました。また、スタイル18はバック・サイドがマホガニー、トップがスプルースのギターとして有名ですが、これも1800年代にはローズウッドで作られています。1857年頃、ナザレスの土地を持っていたキリスト教モラビス派が不動産を売りに出します。そこで、C.F.Martinは土地を購入し、1859年に自宅を建て、自宅の裏に工場を建築します。その後、工場は街の1ブロックを占めるまでに大きくなります。1867年、C.F.Martinが71歳のときに、長男(C.F.Martinには2人の息子と3人の娘がいました)のChristian Frederick Martin ,Jr.と、甥のChristian Frederick Hartmanが経営に加わります。その6年後、1873年2月16日にマーチンの創業者は他界します。

 

 

マーチンの歴史〜 マーチンのコピー

Christian Frederick Martin,Jr. が1870年頃、ギターの製造ラインが拡張され、価格表には11種類のスタイル(17、18、20、21、24、26、27、28、34、40、42)と、3から0(2 1/2も含む)までのサイズが表記されるようになります。20シリーズのモデルは木製の縁取りがあるだけ(27は例外的にアヴァロンのサウンドホールリングがあります)で、30シリーズになると木製の縁取りにアヴァロン(アワビ)のサウンドホールリングが加わります。40シリーズでは、アヴァロンのサウンドホールに加えて、エッジトリムもアヴァロンになります。価格は、3-17や2 1/2-17が$36で、スタイルの数字が大きくなるに従って高くなり、一番高い2-42が$90でした。この価格は1920年まで大きな変化はありません。1870年代になって、バンジョーがより大きな音を出す構造になるにつれて、マーチンもより大きな音が出るようにギターのサイズを大きくし、1877年には00サイズを作ります。1880年頃になると、マーチンという名前も有名になり、偽物が現れるようになります。この頃のマーチンでは、“伝統の持つ信頼性”をうたっていたのですが、広告に「類似した名前の会社が見られますが、当社とは一切関係ありません」という注意書きをするようになります。実際に、ニューヨークにG. Robert Martinというギターメーカーがあり、自分の会社の広告で「有名なマーチンギターのメーカー」と表現して、C.F.Martinのギターと混乱が生じるのを狙っていたようです。この時期、まだ子供のいなかったChristian Frederick Martin ,Jr.の奥さんが亡くなりますが、その後再婚し、1866年、C.F.Jr.が41歳のときに、最初の子供であるFrank Henry Martinが誕生します。C.F.Martin Jr.は1888年、63歳で逝去するのですが、会社は22歳の息子の手に委ねられます。そして、Frank Henryも父や祖父と同様に、ギターの事業を引き継いで会社を発展させることになります。

 

 

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